「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」に対する意見書
平成18年8月28日
「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」に対する意見書
日本女性法律家協会 戸籍法改正に関する検討プロジェクトチーム
代表者 田中美登里
<はじめに>
日本の戸籍制度は国民の親族的身分関係を公証するものとして社会制度の中に深く根付いて重要な役割を果たしてきた。
一方で、かつては社会における不当な身分制度を残す記載がなされ、第二次大戦後も相当長期間除斥謄本にはその残滓が残っていた。
又、今でも戸籍を見れば子供の立場(嫡出子か否か等)、離婚の有無など、第三者には知られたくないようなプライバシーにかかる情報が明らかになる。
現戸籍法は、基本的には公開原則に立ち、不当な目的によることが明らかな場合は市町村長が拒否できるとされているが、実務上不当な目的が明らかとして拒否できるのは必ずしも多くない。
最近の個人情報保護に対する意識の高まりに鑑み、戸籍の公開制度を厳格化しようとする今回の法改正の趣旨には原則として賛成できる。一方で社会生活の中で戸籍が必要とされる現実および戸籍の果たしている役割の大きさにも充分配慮し、そのバランスのとれた法改正がなされることを望むものである。
日本女性法律家協会は、女性法律家を構成員とする団体であり、日頃、会員は家事事件等を扱うことが多く、このたびの戸籍法改正について大きな関心を持っているため、当プロジェクトチームを立ち上げ、検討を重ねたので、その結果に基づき次のとおり意見を述べる。
<中間試案に対する意見>
第1 戸籍の謄抄本等の交付請求
1、交付請求
(1) 何人も、次のア又はイのいずれかに該当する場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。
ア 自己の権利若しくは権限を行使するために必要があること又は国若しくは地方公共団体の事務を行う機関等に提出する必要があることを明らかにした場合
イ 市町村長がアに準ずる場合として戸籍の記載事項を確認することにつき相当な理由があると認める場合
【意見】
今回の改正が、公開原則から一挙に制限原則へと原則を転回しようとすることを示しているのが本項と思われるが、アとイだけでは社会生活上、戸籍を正当に利用しようという必要性に応えきれないのではないかとの危惧を禁じ得ない。
アの場合に認められることには異存はないが、権限行使にまでに至らない社会生活上の法的利害関係に基づき調査のため戸籍謄本を必要とする場合として、取引をしようとする相手方が未成年か否か及びその法定代理人を知る必要がある場合、婚姻障害の有無を確認する場合、アパートの賃貸人が賃借名義人と現在の居住者との身分関係を確認する必要がある場合、遺言書等を作成するために法定相続人の範囲を調査する場合等が考えられる。
これらのケースは、上記アには該当しないと思われるが、果たしてイに該当するとして必ず交付が認められるのかについては保証されていない。中間試案の別紙においても、前記の2つの場合についてさえ、意見が分かれているとされているが、これらの場合は何らかの戸籍の確認方法が必要であり、それらの手当てもなく、ただ制限するということでは、戸籍の社会生活上の役割を無視するものであり、とうてい是認できない。
またイについては、「市町村長が・・・認める場合」というように、市町村長の裁量権を示した規定となっており、果たして上記のケースで交付が認められるのかの保証もない。
すなわち、アに該当しない場合は、全て広くイとして市町村長の裁量にかかるという法的枠組みは、戸籍謄抄本の交付が行政の手に広く委ねられるという弊害を招く。行政の判断を争うとしても、裁量権の乱用としてしか争えないというのでは狭きに失し、また時機を逸する危険性があり、そもそも交付請求の理由があるか否かを争えるものでなければ、適正な運用が期待できない。
したがって、1 交付請求(1)はアとイを一体として次のように規定されるべきである。
「(1)何人も、自己の権利若しくは権限を行使するために必要があるとき、又は国若しくは地方公共団体の事務を行う機関等に提出する必要があるとき、その他戸籍の記載事項を確認するにつき社会生活上相当な利害関係を有するときは、戸籍の謄抄本等の交付請求ができるものとする。」
(2) (1)にかかわらず、次の場合には、理由を明らかにすることなく、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。
A案 戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属がその戸籍の謄抄本等の交付請求をする場合
B案 戸籍に記載されている者がその戸籍の謄抄本等の交付請求をする場合
【意見】
A案に賛成する。
A案に記載されている者については、互いの身分状況は知り得ているのが通常で、プライバシー保護を理由に請求理由を明らかにさせることは、国民の意識とも乖離し、又この様な請求がしばしば行われている実情では、請求理由をいちいち明らかにさせることは 実務的にも煩鎖となる。
(3) (1)にかかわらず、国又は地方公共団体の事務を行う機関等は、その事務を遂行するために必要があることを明らかにした場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求ができるものとする。
【意見】 特に異存はない。
(4) (1)にかかわらず、弁護士等は、次の場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。
A1案 受任事件の依頼者の氏名を明らかにするとともに、その依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合
A2案 受任事件の依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合
B案 使用目的及び提出先を明らかにした場合
【意見】
弁護士及び簡易裁判所代理権を有する司法書士(認定司法書士)についてはB案に賛成する。
なお規定の仕方については、職務上必要とすることが大原則であるので、但し書きとの 関係を反対にして、以下の通りにすべきである。
「(1)にかかわらず、弁護士及び簡易裁判所代理権を有する司法書士は、職務上必要とする場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。ただし、交付請求に際して、使用目的及び提出先を明らかにする。」
【理由】
(1) 弁護士及び認定司法書士は、裁判及び裁判前の争訟に関与することが多く、争訟の内容には依頼者にとってプライバシーといえる情報が多く含まれる。
裁判上提出されるものはそれを一般的には放棄したとみられるとしても(なお、薬害エイズ訴訟やハンセン病国賠訴訟、性犯罪の事件などでは裁判の公開が一部制限されることもある)、事件を受任した弁護士が実体的真実の発見の為に、訴訟遂行上有用であるかもしれないと考え、又は裁判外の紛争解決の為に有用であるかもしれないと判断し、職務上請求をしようとするとき、依頼者名とその紛争内容を明らかにしなければならないとすると、依頼者に対する守秘義務に反することになるので了解を得なければならないこととなる。明らかにする相手が市町村長であるとしても、事件の内容や依頼者によって又市町村と依頼者との関係が近い場合には、依頼者は強い拒否を示したり、躊躇することが大いに考えられる。
そうなっては結局実体的真実を把握し、紛争を適正に解決するという目的が達せられないことが生じることとなり、交付請求を制限することの有用性とのバランスが崩れて、極めて不当な結果となる。
(2) 他方、使用目的、提出先が非常に抽象的に書かれている現状は、職務上請求であることを明らかにするという趣旨からは十分とは言えず、使用目的、提出先についてはある程度具体的に書くものとする。例えば、使用目的については「被告債務者の相続人の確定のため」「損害賠償請求事件」等、提出先としては「○○地方裁判所」などと表記するものとする。
(3) 弁護士の職務上請求は、依頼者の代理人としてするものではなく、自ら交付請求者となって行うものである。
民事事件の代理人としてだけではなく、刑事の弁護人・少年保護事件の付添人・破産管財人等裁判所選任の資格に基づいて、戸籍が必要となったときも、職務上請求を行っている。これらの中には、依頼者というべき者がいないケースや、少年保護事件のように依頼者名や事件の内容を明らかにすることが極めて不当なものもある。
特にA1案については、この点の配慮が全く無く、この様な法制化は司法制度そのものへの弊害をもたらす。
(4) 弁護士の場合は、資格に基づいて職務を行っており、弁護士自治として日本弁護士連合会や所属の単位弁護士会の規制に服している。
そもそも、弁護士は、弁護士法23条に基づき、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負っているのであって、職務上必要として交付を受けた謄本を第三者に開示することは弁護士法上の守秘義務及び職務倫理に反し許されるものではない。
この点において個人が調査のため戸籍謄本をとる場合とは、その後の管理や使用についての取扱いが根本的に異なる状況にある。
従って、弁護士が職務上必要と判断する戸籍の謄抄本等の交付請求については、実態的真実把握の為にも、A1案やA2案のように交付請求を制限しようとするのではなく、弁護士が交付をうけた謄抄本等を適正に管理することで、戸籍に記載された人のプライバシー保護との調和をはかることが司法制度全体として望ましいものであり、目標とすべき方向である。
(5) A1案やA2案については、「第1.1(1)の交付請求」の項を受けているため、その項で述べたように交付請求が制限されすぎているため、弁護士の職務を極めて制限するものとなり、不当である。
すなわち弁護士が実体把握の必要上調査の為に戸籍謄本を取り寄せようとすることが否定されかねない。
例えば詐害行為取消訴訟(破産の否認も同様)提起の判断のために、債務者と受益者との親族関係を調査する場合や、婚約不履行の相手方の婚姻関係を調査する場合、証人の信用性判断のために親族関係を調査し、あるいは遺言の必要性判断のために親族関係を調査し、また後見開始申立人の捜索のための親族関係調査などは、疑問を感じたときは弁護士として調査しなければむしろ職務怠慢である。結果として利用できないものであることもありうるが、それでも調査の必要があるところ、A1案やA2案にたつと認められないとされる可能性がある。現に中間試案の別紙において、これらの場合に意見が分かれているとされている。
また、このような調査によって、当事者間の紛争が訴訟手続き等に発展せずに円満解決する場合も少なからず存在するが、A1案やA2案では、そのような実務における調査の持つ機能についても全く配慮されていない。このような調査の請求が認められなければ、裁判の提起・結果にも影響するのであり、A1案、A2案は、弁護士業務、ひいては裁判実務の理解を欠いているものである。
(5) 市町村長は、戸籍の謄抄本等の交付の要件について確認するため、交付請求者に資料の提示等を求めることができるものとする。
【意見】
職務上請求の場合は、要件が満たされていないなど相当の理由がある場合に限定すべきである。
2、本人確認等
(1) 戸籍の謄抄本等の交付請求の際の本人確認は、次のとおりとするものとする。
ア 戸籍の謄抄本等の交付請求が市町村の窓口への出頭により行われる場合には、出頭したものが交付請求者であるとき、その代理人であるとき又はその使者であるときに応じ、それぞれ、自己が交付請求者本人であること、その代理人本人であること又はその使者本人であることを運転免許証を提示する方法その他市町村長が相当と認める方法により明らかにしなければならないものとする。
イ 戸籍謄抄本等の交付請求が郵送により行われる場合には、交付請求書の記載上交付請求手続をした者が交付請求者であるとき、その代理人であるとき又はその使者であるときに応じ、それぞれ、自己が交付請求者本人であること、その代理人本人であること又はその使者本人であることを運転免許証の写しを送付する方法その他市町村長が相当と認める方法により明らかにしなければならないものとする。
【意見】
賛成である。
なお弁護士等が職務上請求用紙を用いる場合は、窓口では徽章、郵送では返送先が当該弁護士の事務所であれば、相当な方法であると認められるべきである。
(2) 代理人又は使者によって戸籍の謄抄本等の交付請求がされる場合には、代理人又は使者は、市町村長に対し、委任状を提出する方法その他市町村長が相当と認める方法により、その権限を明らかにしなければならないものとする。
【意見】
賛成である。
なお弁護士等がその事務員を使者として交付請求する場合は、事務員証を提示する事が、相当な方法として認められるべきである。
3、交付すべき証明書
市町村長は、前記1(2)の交付請求を除き、戸籍の謄本の交付請求があった場合において、請求の目的から戸籍の抄本(個人事項)を交付すれば足りることが明らかなときは、戸籍の抄本(個人事項)を交付することができるものとする。
【意見】 特に異存はない。
4、交付請求書の開示
A案 戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示については、特段の定めを設けないものとする。
B案 市町村長は、戸籍に記載されている者からその戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示請求があった場合には、交付請求書の全部を開示するものとする。
【意見】
A案に賛成する。
交付請求する個人の情報について、それを保有する行政機関がどのように保護するかの問題であり、とくに戸籍について別の取り扱いをするべき理由はない。
第2 除かれた戸籍の謄抄本等の交付請求
戸籍の謄抄本等の交付請求と同様とするものとする。
【意見】 賛成する。
第3 届出人の本人確認
1、届出人の本人確認を行う場合
市町村長は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって効力を生ずる婚姻、協議離婚、養子縁組、協議離縁又は認知の届出については、運転免許証の提示を受ける方法その他市町村長が相当と認める方法により、届出人の本人確認を行うものとする。
【意見】 賛成する。
2、届出人の本人確認を行う場合
A案 市町村長は、前記1の届出があった場合で、本人確認ができなかった届出人があるときは、届出を受理した上で、その届出人に対し、届出がされたことを通知するものとする。
B案 ア 市町村長は、前記1の届出があった場合で、本人確認ができなかった届出人があるときは、届出を受け付けた上で、その届出人に対し、届出がされたことを通知するものとする。
イ 市町村長は、アの通知を発送してから一定の期間内に、届出人から届出をしていない旨の申出があったときは、届出を受理しないものとし、その申出がなかったときは、届出を受理するものとする。
ウ 届出が受理された場合には、その効果は受付の時にさかのぼるものとする。
【意見】
A案に賛成する。
B案では届け時から受理日までの間に空白の期間ができ、その間届出人の身分関係が不安定であり、その間に新たな身分関係上の行為が生じたりするときの扱いが難しくなる。
3、届出の不受理申出
前記1の届出については、届出本人は、市町村長に対し、あらかじめ、届出がされても当該届出人の本人確認のない限りこれを受理しないよう申し出ることができるものとする。
【意見】 賛成である。
第4 その他
1、学術研究のための戸籍及び除かれた戸籍の利用
市町村長は、学術研究の目的のために、戸籍又は除かれた戸籍に記載されている事項に係る情報の提供をすることができるものとする。
【意見】 賛成である。
2、制裁の強化
偽りその他不正の手段により戸籍の謄抄本等又は除籍の謄抄本等の交付を受けた場合の制裁を強化する。
【意見】 特に異存はない。