「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関する意見書

平成21年1月30日
日本女性法律家協会有志
会長 曽田 多賀

 「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関し、以下のとおり意見を述べる。

I 結論

民法の成年年齢を引き下げることに反対である。

II 理由

1 民法の成年年齢の引下げについての中間報告書(以下「報告書」という)第2、2(2)について

「現代の日本の社会においては、高校卒業後に就職し正規の労働者となる者も多く、また、大学等に進学する者も多くがアルバイトをしており、18歳、19歳の若年者の大多数は、働いてそれなりの賃金を得ている。また、これらの若年者の中には、高校卒業後に親元から離れて暮らす者も多い」との認識については、問題が多いと考える。国勢調査の結果の「働いていて(アルバイトを含む)、親と同居していない者の比率は…約6.7%」であったというが、これは多いといえるのだろうか。また、アルバイトは生計の助けではあろうが、その収入のみによって生計を立てているわけではない。そのような賃金収入を、生計を立てている収入と同様に扱うことは妥当なものではない。18,19歳の若年者の大多数は、働いてそれなりの賃金を得ている、との認識は、統計上の資料もなく、また正規労働とアルバイトを同列に扱うものであって、正確なものではない。ちなみに、平成17年度の国勢調査の結果によれば、全18歳年齢者のうち就業者の割合は約20.7%である(平成17年国勢調査・第3次基本集計・報告書掲載表第25表)。

正規労働とアルバイトを合計するとある程度の割合になるとしても、そのことと成年年齢の引き下げとが直ちに結びつくものではなく、保護の要否の観点から検討を加えるべきである。さらに「親元から離れて暮らす若年者にとっては、契約をするために親の同意を要しなくなるメリットが生ずる」としているが、保護から外されるというデメリットを無視するものである。

2 同第2、2(2)について

消費者被害が拡大するであろうことが容易に推測できることに全く異論はない。そして、未成年者であるが故に取消しが容易であるという現行の制度が外された場合、悪質業者がそれを見越して18,19歳をさまざまな商法のターゲットにするであろうことも想像に難くない。つまり、現在の統計から推認する被害よりも拡大する恐れが大きいことも考慮に入れるべきである。

3 同第2、3について

3(1)の親権からの解放の問題は、親権の停止など親権制度の柔軟な構築ないし運用によって賄うべき問題である。

3(2)において、精神医学的な見地から、「成年年齢を引き下げ、自己責任を強調することは、欲求不満耐性が高い我が国の若年者を追い込むことになる」との指摘は「欲求不満耐性が高い」との趣旨が、欲求不満状況における忍耐力が弱いとの意味であれば全くそのとおりであると考える。当協会会員の日常接する若年者・学生に対する見方も、大方は上記精神医学者の見方と合致するものであった。社会が複雑化しているという状況も影響しているものと考えられる。

4 同第2、4について

各種施策については必要なものであり、全く異議はない。しかし、これらは、成年年齢引下げに論理的に結びつくものではない。引下げなくとも行われるべき施策である。

5 報告書第3、1について

「我が国における若年者の自立を援助するための施策は欧米諸国に比して不十分であると考えられる。/そこで、このような現状認識のもと、若年者の社会参加、自立を促すという観点から、民法の成年年齢を引き下げるべきであるとの意見が出された」とある。

しかし、これは論理が全く逆転している。民法の「成年」とは、自己の法律行為の効果ないし結果を判断することのできる精神的能力があると認められる年齢である。そのような精神的能力が18歳で備わっていると認められるから引き下げるという論理であれば理解できるが(その事実認識には同意しないが)、認められないがそれを備えさせるために引き下げるというのは、理論的に成り立たない。その後の記述にもあるとおり、引下げによって自立が促されるとは限らない、計測困難であるとの指摘が正鵠を得たものである。社会参加の必要性は参政権の問題であって、成年年齢の問題ではないとの意見ももっともである。

6 同第3、2について

虐待は18,19歳より低年齢児の問題であり、18,19歳は引きこもりや家庭内暴力が問題とされる年齢である。親権からの解放より、むしろ親権による保護の喪失および親の義務からの免脱をより問題とすべきである。

7 同第3、3について

国民投票法において投票年齢が18歳以上とされ、附則において民法の成年年齢の引下げの検討が求められたことはそのとおりである。しかし、国民投票法において18歳以上とされた趣旨はできるだけ多くの国民が主権者として決定に参加する資格を有することが望ましいとの観点である。これに対し、民法の成年年齢は、法律行為の効果ないし結果の判断能力があるか否かという観点であって、一致させなければならないという理由はない。投票は、投票権が生ずるという国政への参政権を認めるものであるが、成年となるということは、種々の権利も生ずるが保護が失われるという不利益も大きいものであって、国民投票法の投票年齢と別個に検討すべき事柄である。未成年者に選挙権を付与することは違法とは言えないことは報告書にあるとおりである。

現在公職選挙法における選挙年齢が20歳以上であることから、20歳未満の若年者の利益が政治に反映されないという問題があることは否定しない。この場合に、成年年齢を引き下げるという途もあるが、未成年としての保護を与えつつ、若年者の意見を反映させるために選挙権を与えるという方法もありうる。その場合は、政治に関し意見を述べるに足りる能力が認められる年齢を基準にすべきことになる。それであれば、多くの者が高校3年に在学又は就職する18歳とすることは合理的といえよう。しかし仮に、一致させることが望ましいとするのであれば、民法の成年年齢の引下げから生じうる弊害に照らせば、むしろ国民投票法における選挙年齢を民法の現在の成年年齢に一致させることも考えられることを付言する。

8 同第3、4について

諸外国において18歳としていることが日本において18歳とすることの根拠となるものではない。18歳と定めている国にはその国特有の事情があるのであって、それが日本においても適合するとの事情が成立するとはいえないのである。大学進学率はどうなのか、大学における親の学費負担割合はどの程度なのか、18歳で親元を離れる率はいかがか、徴兵年齢は何歳なのか等、背景事実についてきめ細かい比較検討が必要であろう。

9 同第3、5(1)について

そもそも、立法意見として、18歳とする必要が特にあるとする意見が多かったわけではない。アンケートで反対意見が多いのもうなずけるところである。多くが反対しているにもかかわらず、成年年齢を引き下げて保護を撤廃することは避けるべきである。「若者の社会参加、自立を促すという目的が正しければ、必ずしも国民の意見の大勢に従う必要がないのではないか」との意見もあるとのことであるが、その目的に合致する立法は、社会参加を認め、自立を促す施策を実施することであって、成年年齢を引き下げることではない。多くの国民が20歳を成年として妥当と認めているときに18歳を成年とすることによる弊害として、法と現実とのかい離という問題が生じ、18歳、19歳の若年者をいかに保護していかなければならないかという法律上、実際上の多岐ににわたる施策上の問題が生ずるであろう。

10 同第3、5(2)について

成年年齢を引き下げることの影響は非常に大きいものである。本報告書ではその一例として少年法の問題が挙げられている。もちろんこれも大きい問題であるが、他にも多数存在し、その影響を慎重に吟味する必要がある。

民法に限っても、大きな影響がある。親の扶養義務が未成熟子、多くの場合は原則として未成年者に対して負うものであることからすると、親がまだ養育を必要とする子を放逐する事態が容易に生じることとなるおそれがある。18歳、19歳の子を親が原則として扶養しなくてよいという社会情勢であるのか疑問がある。

他の法律への影響を検討する場合、各法律の目的と機能に応じて適用年齢を考えればよいとの意見もあるかもしれない。しかし、他の法律が現在の民法の成年年齢を基準としていることについて問題があるとの指摘は為されていない。すなわち現行20歳のままであれば民法の成年年齢を基準にすることができるのである。法制度としても現行法制の方が優れているといえる。

11 同第4、1について

年齢の引下げにかかわらず、各種施策が必要である。しかし、現在でも基礎的な学習時間が不足しているような状況で各種施策に向けた授業時間数の確保は容易ではない。実際は実現性がないであろう。仮にこれが実現可能であったとしても、その消費者教育がなされれば年齢を引き下げてもよいということにはならない。成年年齢は法律行為についての総合的な判断力に関する問題であって、悪徳商法から免れればよいということと同義ではないのである。

大学進学率が50%を超え(短大を含む)、学生で20歳を迎える者も少なくないほか、18歳で就職し自立生活している者についても、直ちに成年とするよりは、成年となるために2年間の準備期間が必要であると考える方が本人の保護になるのである。早期に成年になることが望ましいのではなく、十分な準備期間をおいて自立を待つことが望ましいのである。

12 第4,2について

成年年齢引下げに反対であるので、意見を述べる必要がないのであるが、仮に引き下げられるのであれば、?案に賛成する。

13 第4,3について

成年としての判断能力を備えるための教育はもちろん必要であり、それは消費者関係の教育のみであるわけではなく、自立した社会の構成員となれるような法教育等が必要なことは指摘されているとおりであるが、実際上これを達成するためには学校教育のほか、家庭における教育、社会教育等の種々の施策が必要である。しかし社会の複雑化、家庭の教育力の衰えなども考慮すると、これらの教育及び施策によって成年年齢引下げの実現が可能となると見通しを立てることは到底困難である。

14 第5について

引下げに反対であるので意見を留保する。

15 第6について

養親適齢としては少なくとも20歳になることが必要であると考える。

16 第7について

この問題は、成年年齢を18歳に引き下げることと本質的な関連性はないものと思われる。

17 第8について

記述のような制度は不要と考える。

18 まとめ

以上のとおり、成年年齢の引下げに反対である。

以上

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