法律税務合同研究会「相続時精算課税制度について」

2011年11月9日
松澤 香(弁護士)

松澤 香(弁護士)

「生きたいと思わねばならない。そして死ぬことを知らねばならない。」

By Napoléon Bonaparte(ナポレオン ボナパルト)

誰にでも平等に訪れる法的問題・・・それは相続である(但し、本人はすでに存在しないが)。

勿論、財産の多寡や相続人の人数・人間関係等に応じ、相続に伴う具体的問題の現れ方は異なるが、一般に相続は、親族が利害関係者となるため、弁護士の経験上どうしてもトラブルになりがちである。私の個人的意見ではあるが、相続においては、当事者は、相手方が第三者ではなく親族であることや、従前までに築いた長期的な人間関係を思うにつけ、「もっとこうしてくれて良いはずである」とお互いに(←ここがポイントである。)強く期待することがその原因だと思う。

さて、相続においては、ご存知のとおり、相続税を支払う義務の有無及びその金額が問題となる。個人的には、なぜ相続時に多額の税金を支払う義務が発生するのかそもそも疑問ではあるが(相続した財産は「不労所得」であり不公平を是正する目的であるとか、「所得還元」であり、被相続人が亡くなった際に一度現在価値に基づいて精算する目的であるなどの諸見解が存在する。)特に、相続税の金額が大きくなる場合には、相続の内容に加えて、誰がどのようにして相続税を払うのか、どのようにキャッシュを捻出するのかが問題となりやすい。このように相続の分野では、法律と税務が密接に関連するため、弁護士と税理士が連携してチームとなって協働することも多い。
そこで今般、日本女性法律家協会と全国女性税理士連盟東日本支部が共同で、法律税務合同研究会として、相続時精算課税制度について以下のとおり研究会を行うことになった。

開催日時  平成23年11月9日午後6時開始
場所  弁護士会館10階1006号室
講師  萩谷麻衣子弁護士、渡部仁子税理士

冒頭、加々美光子先生の開会のご挨拶があり、その後司会の原若葉先生から講師の紹介があった。
引き続き、まずは渡部先生から、相続時精算課税制度が導入された趣旨の説明を受けた。すなわち、日本では高齢化が進んでいるが故に、相続による次世代への資産移転の時期が従来よりも大幅に遅れていることから、生前における贈与による資産の移転の円滑化を促進し、結果的に、経済社会の活性化をするということがその趣旨である。この制度は、受贈者の選択により適用される制度であるので、暦年課税と相続時精算課税のいずれが望ましいのかを検討する必要がある。そこで、渡部先生から、贈与税に関する「暦年課税」と「相続時精算課税」の各制度の概要、適用のための要件(例えば、相続時精算課税の適用対象者は、(1)贈与者が65歳以上の親であり、(2)受贈者が贈与者の推定相続人である20歳以上の子である。)や、それぞれの制度のメリット・デメリットのご説明があった。相続時精算課税は、一般に、一度に大型贈与がしやすくなるというメリットがあるが、他方で、一度この制度を選択すると暦年課税に変更できないことや、現在の経済状況に鑑み贈与財産が相続時に値下がりしていれば節税効果がなくなるなどのデメリットもあり、事案毎に諸事情を検討の上、依頼者にきちんと説明することが重要であると感じた。事例の検討もあり、大変分かり易かった。

その後、萩谷先生から、民法上の観点から、相続時精算課税制度に纏わる問題点の指摘・ご説明があった。
まず前提事項として、生前贈与が持ち戻しの対象となるか否かについては、遺産分割の実務上、必ずしも明確ではない場合が少なくないとの指摘がなされた。
(※注 ここで「持ち戻し」とは、民法903条1項に定める「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」(アンダーライン部分)のことを指す。すなわち例えば、生前贈与を受けた場合に、計算上、当該贈与の対象とされた資産を、相続時の被相続人の財産の価額に加えたものを相続財産として取り扱うことを意味する。)

さらに、相続時精算課税制度を利用する場合には、受贈者自らが「生前贈与」と認めて税務申告するために持ち戻しの対象となることは相当明確であると指摘し、これをさらに各論に広げて分析を行った。この各論の中では、「持戻免除の意思表示」を行っておいた方が望ましいのではないかとの指摘について、「持戻し」という概念が実務上税理士の先生方が使用される意味合いと異なるなどの話も出て場がどっと沸いたりもし、質疑応答を含め、大いに盛り上がった。
(※注 ここで「持戻免除の意思表示」とは、民法903条3項に定める「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。」(アンダーライン部分)のことを指す。すなわちたとえば、生前贈与における持戻免除の意思表示とは、計算上、生前贈与の対象とされた資産を、相続時の被相続人の財産の価額に加えなくて良いことの意思表示となる。)

その後、萩谷先生から遺留分減殺請求と特別受益の論点についてご説明があった。明確化のために佐貫葉子先生からもコメントを頂戴した部分であるが、持戻免除の意思表示を行った場合であっても、遺留分については、生前贈与も遺留分算定の基礎財産に参入すべきとされているので、この点は、相続時精算課税制度を用いた生前贈与についても同様であろうとのことであった。
再度、萩谷先生から渡部先生にバトンタッチされた。渡部先生から、レジュメの後半部分、相続税の納税に係る権利義務の承継の各パターンや中小企業の事業承継を円滑に行うための「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」についてご説明があった。興味深かったのは、相続時精算課税制度を利用しても相続放棄の権利を失うことはない、という下りである。曰く、この制度を適用して贈与された財産は既に受贈者の財産となっていることから、相続税の計算においては、相続放棄をしてもその贈与により取得した財産は、相続により取得したとみなされるとのことであった。相続放棄→しかし相続により財産取得→当該財産について相続税の計算、というテクニカルな処理が税務ならではでおもしろいと感じた。

両先生のご説明の後、休憩を取り、質疑応答となった。
質疑応答については、日本女性法律家協会からは、民法のスペシャリスト、宇田川濱江先生、紙子達子先生、宮崎治子先生がチームに加わり、全国女性税理士連名東日本支部からは、内山良子先生が加わった。
質疑応答で特に白熱したのは、相続財産の評価方法が、実務上、税務と法務で異なる場合がある点である。また、「相続時精算課税を選択した場合、他の相続人にもそれが判明してしまうのか?」などといった、トラブルの多い相続ならではのご質問もあった。また、税理士チームに対し「相続時精算課税制度を選択した場合、贈与を受けた者が相続時に資力が無くなって、且つ見るべき相続財産が無い場合でも、贈与財産を限度として相続人全員に連帯納付義務が生ずるおそれがありうるか」との質問があり「連帯納付義務が生ずる」との回答があった。これは課税のタイミングがずれる(をずらす)ことに由来する相続時精算課税制度の大きな問題点と思われる大変鋭い質問であった。
弁護士・税理士の先生方が、それぞれの豊富な経験談を共有し、相互に意見を述べ合い、質疑応答の予定時間である1時間では収まらず、大いに盛り上がったまま懇親会となった。

今回の研究会で私が感じたのは、プロフェッショナリズムである。弁護士も税理士も、その知力と根性(?)を総動員してクライアントのためにベストを尽くす立場にある。そのためには、日々常に勉強をすることが求められる。ベテランの先生方が、クライアントに対しより良いアドバイスをされようと真摯に学ばれる姿に大いに心を打たれた。素晴らしい研究会であった。次回以降に乞うご期待!である。