相続時精算課税制度について 民法上の観点から

2011年11月9日
萩谷 麻衣子(弁護士)

萩谷 麻衣子(弁護士)

相続時精算課税制度・・・

将来相続関係に入る親から子への贈与について、贈与時に軽減された贈与税を納付し相続時に相続税で精算する制度であり、2500万円までは贈与税を課税せず、2500万円を超えた部分についての贈与税も20%に軽減するとの特例。
高額の資金や、特定の子に承継させたい財産について、低額の贈与税で生前に承継させることができる。
大型贈与であっても、2500万円を超える部分については贈与時に20%の贈与税を負担すれば生前贈与が行えることから、親から子への事業承継の手段として利用が可能である。

相続時精算課税制度利用時に考慮すべき民法上の問題点:

I 生前贈与としての特別受益

(1) 相続時に持戻しの対象となり得る。

【総論】

一般論として、生前贈与が持ち戻しの対象となるか否か、及びその評価については、遺産分割の実務上、必ずしも明確ではない場合が少なくない。例えば、生計の資本としての贈与、学費、結婚費用などは、そもそも生前贈与に当たるか、当たるとしてもどのように評価するかについて、明確な基準がなく、多くの場合、実務上紛争となっている。これに対して、この相続時精算課税制度を利用する場合は、受贈者自らが「生前贈与」と認めて税務申告するのであるから、生前贈与として持ち戻しの対象となることは相当明確であると言える。

【各論】

A 生前に贈与を受けた額が大きい場合は、遺産分割時に新たに取得する遺産がなく、相続税納税資金に苦慮する場合が生ずる。

B 特に事業承継の意図のもとに生前贈与をする場合は、上記の問題点を考慮し、持戻しの免除の意思表示も合わせて行っておく必要があるのではないか。但し、裁判上、持戻免除の意思表示の推定を認定されるケースも少なくないので、持ち戻しせずに取得できる場合も出てくるのではないか。

C 相続税額を少なくするため、相続開始後に生前贈与を受けた財産の一部を放棄し、他の相続人に取得させることはできるか。
→ 仮に出来るとした場合、税務上はどのような取り扱いになるか

D 特別受益の評価基準は相続開始時の時価評価。生前贈与を受けた財産の税法上の評価額は生前贈与を受けた時点を基準とする。そのため、相続開始時に価値の大幅下落が生じていた場合、生前贈与を受けた場合の方が、全部を相続で取得する場合より、トータルの税額は高額になる可能性がある。

E 上記Dの場合にも、遺産分割における持ち戻し額を決定するに当たっては、生前贈与財産も、相続開始時の時価で評価するのではないか。そう解釈しないと、公平が損なわれるが、そうなるとこの場合は、生前贈与額について税法上の評価と民法(相続法)上の評価が異なるのではないか。

(2) (持戻免除が認められない場合でも)相続時精算課税制度により生前贈与を受けた者が相続放棄をした場合、受贈者より贈与財産を持ち戻すことはしない。生前贈与を受けてあとは相続放棄をしてしまえばプラスの財産だけ承継できることにならないか。相続人が受贈者以外にいない場合は、被相続人の債権者との関係で問題ないか。受贈者以外に共同相続人がいる場合は、遺留分を侵害するのに持ち戻しもせず代償金も支払わず、という処理となっていいのか。この扱いは、?Aの最高裁判決と整合性がとれるのか。

(3) 相続時精算課税制度を利用して生前贈与することが詐害行為になり得る可能性。

II 遺留分との関係

A 民法903条1項の定める相続人に対する贈与(特別受益)は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済的事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件(相続開始1年前の贈与、遺留分権利者を害することを知っておこなった贈与)を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である(最三小平成10年3月24日)。
よって、相続時精算課税制度で取得した財産についても、遺留分の制限を受けることになり得る。
※遺留分算定の基礎となる財産の評価:相続開始時の時価評価

B 持戻し免除の意思表示がある場合において、遺留分を侵害する贈与の場合は、遺留分権利者の減殺請求により、侵害の限度で効力を失うと解される。
※被相続人が民法903条1項所定の贈与について持戻免除の意思表示をしていても、被相続人の意思には関係なく、右贈与を遺留分算定の基礎財産に算入すべきことになる(大阪高判平成11年6月8日)。

C 相続時精算課税制度を用いた生前贈与について、遺留分算定の基礎として加算することになるのか。
仮に、この制度を利用して生前贈与をすることにより、代償金の支払いをせずに現物を取得できることになるのであれば、このようなアドバイスを専門家がすることの問題はないか。