選択的夫婦別姓と再婚禁止期間廃止を内容とする 民法の早期改正を求める会長声明

 2015年(平成27年)12月16日、最高裁判所大法廷は、夫婦同氏を強制する民法750条について、直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできないとして、憲法13条、14条1項、24条のいずれにも違反しないと判断しました。 一方、同じ日、同裁判所大法廷は、女性にのみ6か月の再婚禁止期間を定める民法733条については、100日を超過する部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとして、憲法14条1項、24条2項に違反すると判断しました。 その後、さる3月7日、女性差別撤廃条約の実施状況を審査する国連の女性差別撤廃委員会は、日本政府に対する勧告を含む「最終見解」を発表しました。その12項で、「差別的な法および法的保護の欠如」と題し、「委員会は、現存する差別的な規定に関するこれまでの勧告への対応がなされていないことを遺憾に思う。委員会はとりわけ以下のことを懸念する。」とし、この中で、昨年の上記最高裁判所大法廷の2つの判決に関して、夫婦に同一氏の使用を強制している民法750条の合憲性を支持したこと、この規定により、実際上多くの場合女性が夫の氏を選ぶことを余儀なくされていることを挙げています。そして13項で、夫婦の氏の選択に関する法制の改定によって女性が婚姻前の姓を保持することができるようにし、離婚後の女性の待婚期間を完全に廃止することを一刻も早く行うよう強く要請する、としています。差別撤廃条約を批准している日本としては、条約の完全実施に向けたこの委員会勧告は、憲法第98条2項の趣旨からしても、極めて重いものであり、真摯に受け止めるべきだと考えます。 社会の多方面にわたる変化に伴う家族・家庭生活の多様化と、結婚後も従前の活動を継続し、また働き続ける女性が増加するなど、女性の様々な部門への社会進出が著しくなった1975年(昭和50年)の「国際婦人年」以降、国内においても両性の実質的平等を実現する内容への民法改正が大きな課題となっていました。国連の女性差別撤廃条約の批准による国内法整備という背景もありました。 当会は、1950年(昭和25年)に設立された女性法律家団体として、公正・公平で活力のある法治社会の発展と、女性の地位向上等を目指して、これまで調査・研究や意見発表を行ってきました。1995年(平成7年)1月20日には、法務省民事局参事官により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱案」に対し、夫婦の氏については選択的夫婦別姓の規定の導入に、女性のみに課した再婚禁止期間については規定の全面撤廃に、それぞれ賛同する野田愛子会長名の意見書を同局同参事官に提出しています。その後も、1996年(平成8年)に法制審議会が法務大臣に答申した、選択的夫婦別姓導入や再婚禁止期間の改正等を内容とする「民法の一部を改正する法律案要綱」にもとづく民法改正の早期実現を求める横溝正子会長名の要望書を1997年(平成9年)10月に発表しています。 家族や親子・夫婦のあり方は多様化し、結婚後も女性が社会で活動することが普通になっている現状のもとで、氏の変更による自己のアイデンティティーの喪失や、それまでに形成された個人の信用や評価、自尊感情の維持が困難になる不利益の存在は、最高裁判決でも認めているところです。実際、司法の分野で働く女性も、日頃からこの不利益を実感しているところであり、通称使用の広まりによってその不利益が一定程度緩和されるとの見解にはまったく正当性はありません。夫婦同氏を強制されるために婚姻届を提出しない事実婚夫婦や、結婚をためらう事態まで生じている現状で、夫婦同氏以外を認めない現行の規定の違憲性は明らかです。 再婚禁止期間についても、実務上DNA検査によって父子関係を科学的・客観的に明らかにできるようになった現在、再婚禁止期間を設ける必要性はまったくないと言えます。 よって、国会はすみやかに、民法750条については、選択的夫婦別姓を盛り込む法改正を、同733条については再婚禁止期間を全面的に廃止することを、それぞれ求めるものです。 2016年(平成28年)3月18日 日本女性法律家協会 会長   紙 子 達 子

「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関する意見書について

岡部 喜代子 慶応義塾大学教授 2009年6月  法制審議会民法成年年齢部会は民法の成年年齢の引下げについて審議し、昨年12月にその結果を中間報告書として取りまとめた。平成21年1月30日を期限にパブリック・コメントの募集があったので、有志による数回の議論を重ねて、以下の通りの意見書を提出したものである。 このような審議がなされるに至ったのは、平成19年5月に成立した日本国憲法の改正手続きに関する法律第3条が「日本国民で年齢満18年以上の者は、国民投票の投票権を有する。」と定め、合わせて同附則3 条に「満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」とされたことが契機となっている。これを受けて法務大臣から法制審議会に諮問がなされ、同会は民法成年年齢部会を設置して検討を重ねた。 報告書は、項目としては「民法の成年年齢を引き下げた場合の影響及びとるべき措置」「民法の成年年齢引下げの当否等」「引下げをする場合に必要となる施策の実行について」等、全体として引下げが前提であるかのような観を呈しているが、その内容はほとんど両論併記であった。また、若干検討項目の不十分あるいは内容の不明瞭な記述もあり、民法の成年年齢の引き下げという重大問題の審議としては物足りなさを感じた。今後なお十分な検討がなされることを期待する。 » 民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関する意見書

「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関する意見書

平成21年1月30日 日本女性法律家協会有志 会長 曽田 多賀  「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関し、以下のとおり意見を述べる。 I 結論 民法の成年年齢を引き下げることに反対である。 II 理由 1 民法の成年年齢の引下げについての中間報告書(以下「報告書」という)第2、2(2)について 「現代の日本の社会においては、高校卒業後に就職し正規の労働者となる者も多く、また、大学等に進学する者も多くがアルバイトをしており、18歳、19歳の若年者の大多数は、働いてそれなりの賃金を得ている。また、これらの若年者の中には、高校卒業後に親元から離れて暮らす者も多い」との認識については、問題が多いと考える。国勢調査の結果の「働いていて(アルバイトを含む)、親と同居していない者の比率は…約6.7%」であったというが、これは多いといえるのだろうか。また、アルバイトは生計の助けではあろうが、その収入のみによって生計を立てているわけではない。そのような賃金収入を、生計を立てている収入と同様に扱うことは妥当なものではない。18,19歳の若年者の大多数は、働いてそれなりの賃金を得ている、との認識は、統計上の資料もなく、また正規労働とアルバイトを同列に扱うものであって、正確なものではない。ちなみに、平成17年度の国勢調査の結果によれば、全18歳年齢者のうち就業者の割合は約20.7%である(平成17年国勢調査・第3次基本集計・報告書掲載表第25表)。 正規労働とアルバイトを合計するとある程度の割合になるとしても、そのことと成年年齢の引き下げとが直ちに結びつくものではなく、保護の要否の観点から検討を加えるべきである。さらに「親元から離れて暮らす若年者にとっては、契約をするために親の同意を要しなくなるメリットが生ずる」としているが、保護から外されるというデメリットを無視するものである。 2 同第2、2(2)について 消費者被害が拡大するであろうことが容易に推測できることに全く異論はない。そして、未成年者であるが故に取消しが容易であるという現行の制度が外された場合、悪質業者がそれを見越して18,19歳をさまざまな商法のターゲットにするであろうことも想像に難くない。つまり、現在の統計から推認する被害よりも拡大する恐れが大きいことも考慮に入れるべきである。 3 同第2、3について 3(1)の親権からの解放の問題は、親権の停止など親権制度の柔軟な構築ないし運用によって賄うべき問題である。 3(2)において、精神医学的な見地から、「成年年齢を引き下げ、自己責任を強調することは、欲求不満耐性が高い我が国の若年者を追い込むことになる」との指摘は「欲求不満耐性が高い」との趣旨が、欲求不満状況における忍耐力が弱いとの意味であれば全くそのとおりであると考える。当協会会員の日常接する若年者・学生に対する見方も、大方は上記精神医学者の見方と合致するものであった。社会が複雑化しているという状況も影響しているものと考えられる。 4 同第2、4について 各種施策については必要なものであり、全く異議はない。しかし、これらは、成年年齢引下げに論理的に結びつくものではない。引下げなくとも行われるべき施策である。 5 報告書第3、1について 「我が国における若年者の自立を援助するための施策は欧米諸国に比して不十分であると考えられる。/そこで、このような現状認識のもと、若年者の社会参加、自立を促すという観点から、民法の成年年齢を引き下げるべきであるとの意見が出された」とある。 しかし、これは論理が全く逆転している。民法の「成年」とは、自己の法律行為の効果ないし結果を判断することのできる精神的能力があると認められる年齢である。そのような精神的能力が18歳で備わっていると認められるから引き下げるという論理であれば理解できるが(その事実認識には同意しないが)、認められないがそれを備えさせるために引き下げるというのは、理論的に成り立たない。その後の記述にもあるとおり、引下げによって自立が促されるとは限らない、計測困難であるとの指摘が正鵠を得たものである。社会参加の必要性は参政権の問題であって、成年年齢の問題ではないとの意見ももっともである。 6 同第3、2について 虐待は18,19歳より低年齢児の問題であり、18,19歳は引きこもりや家庭内暴力が問題とされる年齢である。親権からの解放より、むしろ親権による保護の喪失および親の義務からの免脱をより問題とすべきである。 7 同第3、3について 国民投票法において投票年齢が18歳以上とされ、附則において民法の成年年齢の引下げの検討が求められたことはそのとおりである。しかし、国民投票法において18歳以上とされた趣旨はできるだけ多くの国民が主権者として決定に参加する資格を有することが望ましいとの観点である。これに対し、民法の成年年齢は、法律行為の効果ないし結果の判断能力があるか否かという観点であって、一致させなければならないという理由はない。投票は、投票権が生ずるという国政への参政権を認めるものであるが、成年となるということは、種々の権利も生ずるが保護が失われるという不利益も大きいものであって、国民投票法の投票年齢と別個に検討すべき事柄である。未成年者に選挙権を付与することは違法とは言えないことは報告書にあるとおりである。 現在公職選挙法における選挙年齢が20歳以上であることから、20歳未満の若年者の利益が政治に反映されないという問題があることは否定しない。この場合に、成年年齢を引き下げるという途もあるが、未成年としての保護を与えつつ、若年者の意見を反映させるために選挙権を与えるという方法もありうる。その場合は、政治に関し意見を述べるに足りる能力が認められる年齢を基準にすべきことになる。それであれば、多くの者が高校3年に在学又は就職する18歳とすることは合理的といえよう。しかし仮に、一致させることが望ましいとするのであれば、民法の成年年齢の引下げから生じうる弊害に照らせば、むしろ国民投票法における選挙年齢を民法の現在の成年年齢に一致させることも考えられることを付言する。 8 同第3、4について 諸外国において18歳としていることが日本において18歳とすることの根拠となるものではない。18歳と定めている国にはその国特有の事情があるのであって、それが日本においても適合するとの事情が成立するとはいえないのである。大学進学率はどうなのか、大学における親の学費負担割合はどの程度なのか、18歳で親元を離れる率はいかがか、徴兵年齢は何歳なのか等、背景事実についてきめ細かい比較検討が必要であろう。 9 同第3、5(1)について そもそも、立法意見として、18歳とする必要が特にあるとする意見が多かったわけではない。アンケートで反対意見が多いのもうなずけるところである。多くが反対しているにもかかわらず、成年年齢を引き下げて保護を撤廃することは避けるべきである。「若者の社会参加、自立を促すという目的が正しければ、必ずしも国民の意見の大勢に従う必要がないのではないか」との意見もあるとのことであるが、その目的に合致する立法は、社会参加を認め、自立を促す施策を実施することであって、成年年齢を引き下げることではない。多くの国民が20歳を成年として妥当と認めているときに18歳を成年とすることによる弊害として、法と現実とのかい離という問題が生じ、18歳、19歳の若年者をいかに保護していかなければならないかという法律上、実際上の多岐ににわたる施策上の問題が生ずるであろう。 10 同第3、5(2)について 成年年齢を引き下げることの影響は非常に大きいものである。本報告書ではその一例として少年法の問題が挙げられている。もちろんこれも大きい問題であるが、他にも多数存在し、その影響を慎重に吟味する必要がある。 民法に限っても、大きな影響がある。親の扶養義務が未成熟子、多くの場合は原則として未成年者に対して負うものであることからすると、親がまだ養育を必要とする子を放逐する事態が容易に生じることとなるおそれがある。18歳、19歳の子を親が原則として扶養しなくてよいという社会情勢であるのか疑問がある。 他の法律への影響を検討する場合、各法律の目的と機能に応じて適用年齢を考えればよいとの意見もあるかもしれない。しかし、他の法律が現在の民法の成年年齢を基準としていることについて問題があるとの指摘は為されていない。すなわち現行20歳のままであれば民法の成年年齢を基準にすることができるのである。法制度としても現行法制の方が優れているといえる。 11 同第4、1について 年齢の引下げにかかわらず、各種施策が必要である。しかし、現在でも基礎的な学習時間が不足しているような状況で各種施策に向けた授業時間数の確保は容易ではない。実際は実現性がないであろう。仮にこれが実現可能であったとしても、その消費者教育がなされれば年齢を引き下げてもよいということにはならない。成年年齢は法律行為についての総合的な判断力に関する問題であって、悪徳商法から免れればよいということと同義ではないのである。 大学進学率が50%を超え(短大を含む)、学生で20歳を迎える者も少なくないほか、18歳で就職し自立生活している者についても、直ちに成年とするよりは、成年となるために2年間の準備期間が必要であると考える方が本人の保護になるのである。早期に成年になることが望ましいのではなく、十分な準備期間をおいて自立を待つことが望ましいのである。 12 第4,2について 成年年齢引下げに反対であるので、意見を述べる必要がないのであるが、仮に引き下げられるのであれば、?案に賛成する。 13 第4,3について 成年としての判断能力を備えるための教育はもちろん必要であり、それは消費者関係の教育のみであるわけではなく、自立した社会の構成員となれるような法教育等が必要なことは指摘されているとおりであるが、実際上これを達成するためには学校教育のほか、家庭における教育、社会教育等の種々の施策が必要である。しかし社会の複雑化、家庭の教育力の衰えなども考慮すると、これらの教育及び施策によって成年年齢引下げの実現が可能となると見通しを立てることは到底困難である。 14 第5について 引下げに反対であるので意見を留保する。 15 第6について 養親適齢としては少なくとも20歳になることが必要であると考える。 16 第7について この問題は、成年年齢を18歳に引き下げることと本質的な関連性はないものと思われる。 17 第8について 記述のような制度は不要と考える。 18 まとめ 以上のとおり、成年年齢の引下げに反対である。 以上 » 関連記事:「民法の成年年齢の引下げについての中間報告書」に関する意見書について

「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」に対する意見書

平成18年8月28日 「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」に対する意見書 日本女性法律家協会 戸籍法改正に関する検討プロジェクトチーム 代表者 田中美登里 <はじめに> 日本の戸籍制度は国民の親族的身分関係を公証するものとして社会制度の中に深く根付いて重要な役割を果たしてきた。 一方で、かつては社会における不当な身分制度を残す記載がなされ、第二次大戦後も相当長期間除斥謄本にはその残滓が残っていた。 又、今でも戸籍を見れば子供の立場(嫡出子か否か等)、離婚の有無など、第三者には知られたくないようなプライバシーにかかる情報が明らかになる。 現戸籍法は、基本的には公開原則に立ち、不当な目的によることが明らかな場合は市町村長が拒否できるとされているが、実務上不当な目的が明らかとして拒否できるのは必ずしも多くない。 最近の個人情報保護に対する意識の高まりに鑑み、戸籍の公開制度を厳格化しようとする今回の法改正の趣旨には原則として賛成できる。一方で社会生活の中で戸籍が必要とされる現実および戸籍の果たしている役割の大きさにも充分配慮し、そのバランスのとれた法改正がなされることを望むものである。 日本女性法律家協会は、女性法律家を構成員とする団体であり、日頃、会員は家事事件等を扱うことが多く、このたびの戸籍法改正について大きな関心を持っているため、当プロジェクトチームを立ち上げ、検討を重ねたので、その結果に基づき次のとおり意見を述べる。 <中間試案に対する意見> 第1 戸籍の謄抄本等の交付請求 1、交付請求 (1) 何人も、次のア又はイのいずれかに該当する場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。 ア 自己の権利若しくは権限を行使するために必要があること又は国若しくは地方公共団体の事務を行う機関等に提出する必要があることを明らかにした場合 イ 市町村長がアに準ずる場合として戸籍の記載事項を確認することにつき相当な理由があると認める場合 【意見】 今回の改正が、公開原則から一挙に制限原則へと原則を転回しようとすることを示しているのが本項と思われるが、アとイだけでは社会生活上、戸籍を正当に利用しようという必要性に応えきれないのではないかとの危惧を禁じ得ない。 アの場合に認められることには異存はないが、権限行使にまでに至らない社会生活上の法的利害関係に基づき調査のため戸籍謄本を必要とする場合として、取引をしようとする相手方が未成年か否か及びその法定代理人を知る必要がある場合、婚姻障害の有無を確認する場合、アパートの賃貸人が賃借名義人と現在の居住者との身分関係を確認する必要がある場合、遺言書等を作成するために法定相続人の範囲を調査する場合等が考えられる。 これらのケースは、上記アには該当しないと思われるが、果たしてイに該当するとして必ず交付が認められるのかについては保証されていない。中間試案の別紙においても、前記の2つの場合についてさえ、意見が分かれているとされているが、これらの場合は何らかの戸籍の確認方法が必要であり、それらの手当てもなく、ただ制限するということでは、戸籍の社会生活上の役割を無視するものであり、とうてい是認できない。 またイについては、「市町村長が・・・認める場合」というように、市町村長の裁量権を示した規定となっており、果たして上記のケースで交付が認められるのかの保証もない。 すなわち、アに該当しない場合は、全て広くイとして市町村長の裁量にかかるという法的枠組みは、戸籍謄抄本の交付が行政の手に広く委ねられるという弊害を招く。行政の判断を争うとしても、裁量権の乱用としてしか争えないというのでは狭きに失し、また時機を逸する危険性があり、そもそも交付請求の理由があるか否かを争えるものでなければ、適正な運用が期待できない。 したがって、1 交付請求(1)はアとイを一体として次のように規定されるべきである。 「(1)何人も、自己の権利若しくは権限を行使するために必要があるとき、又は国若しくは地方公共団体の事務を行う機関等に提出する必要があるとき、その他戸籍の記載事項を確認するにつき社会生活上相当な利害関係を有するときは、戸籍の謄抄本等の交付請求ができるものとする。」 (2) (1)にかかわらず、次の場合には、理由を明らかにすることなく、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。 A案 戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属がその戸籍の謄抄本等の交付請求をする場合 B案 戸籍に記載されている者がその戸籍の謄抄本等の交付請求をする場合 【意見】 A案に賛成する。 A案に記載されている者については、互いの身分状況は知り得ているのが通常で、プライバシー保護を理由に請求理由を明らかにさせることは、国民の意識とも乖離し、又この様な請求がしばしば行われている実情では、請求理由をいちいち明らかにさせることは 実務的にも煩鎖となる。 (3) (1)にかかわらず、国又は地方公共団体の事務を行う機関等は、その事務を遂行するために必要があることを明らかにした場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求ができるものとする。 【意見】 特に異存はない。 (4) (1)にかかわらず、弁護士等は、次の場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。 A1案 受任事件の依頼者の氏名を明らかにするとともに、その依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合 A2案 受任事件の依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合 B案 使用目的及び提出先を明らかにした場合 【意見】 弁護士及び簡易裁判所代理権を有する司法書士(認定司法書士)についてはB案に賛成する。 なお規定の仕方については、職務上必要とすることが大原則であるので、但し書きとの 関係を反対にして、以下の通りにすべきである。 「(1)にかかわらず、弁護士及び簡易裁判所代理権を有する司法書士は、職務上必要とする場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。ただし、交付請求に際して、使用目的及び提出先を明らかにする。」 【理由】 (1) 弁護士及び認定司法書士は、裁判及び裁判前の争訟に関与することが多く、争訟の内容には依頼者にとってプライバシーといえる情報が多く含まれる。 裁判上提出されるものはそれを一般的には放棄したとみられるとしても(なお、薬害エイズ訴訟やハンセン病国賠訴訟、性犯罪の事件などでは裁判の公開が一部制限されることもある)、事件を受任した弁護士が実体的真実の発見の為に、訴訟遂行上有用であるかもしれないと考え、又は裁判外の紛争解決の為に有用であるかもしれないと判断し、職務上請求をしようとするとき、依頼者名とその紛争内容を明らかにしなければならないとすると、依頼者に対する守秘義務に反することになるので了解を得なければならないこととなる。明らかにする相手が市町村長であるとしても、事件の内容や依頼者によって又市町村と依頼者との関係が近い場合には、依頼者は強い拒否を示したり、躊躇することが大いに考えられる。 そうなっては結局実体的真実を把握し、紛争を適正に解決するという目的が達せられないことが生じることとなり、交付請求を制限することの有用性とのバランスが崩れて、極めて不当な結果となる。 (2) 他方、使用目的、提出先が非常に抽象的に書かれている現状は、職務上請求であることを明らかにするという趣旨からは十分とは言えず、使用目的、提出先についてはある程度具体的に書くものとする。例えば、使用目的については「被告債務者の相続人の確定のため」「損害賠償請求事件」等、提出先としては「○○地方裁判所」などと表記するものとする。 (3) 弁護士の職務上請求は、依頼者の代理人としてするものではなく、自ら交付請求者となって行うものである。 民事事件の代理人としてだけではなく、刑事の弁護人・少年保護事件の付添人・破産管財人等裁判所選任の資格に基づいて、戸籍が必要となったときも、職務上請求を行っている。これらの中には、依頼者というべき者がいないケースや、少年保護事件のように依頼者名や事件の内容を明らかにすることが極めて不当なものもある。 特にA1案については、この点の配慮が全く無く、この様な法制化は司法制度そのものへの弊害をもたらす。 (4) 弁護士の場合は、資格に基づいて職務を行っており、弁護士自治として日本弁護士連合会や所属の単位弁護士会の規制に服している。 そもそも、弁護士は、弁護士法23条に基づき、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負っているのであって、職務上必要として交付を受けた謄本を第三者に開示することは弁護士法上の守秘義務及び職務倫理に反し許されるものではない。 この点において個人が調査のため戸籍謄本をとる場合とは、その後の管理や使用についての取扱いが根本的に異なる状況にある。 従って、弁護士が職務上必要と判断する戸籍の謄抄本等の交付請求については、実態的真実把握の為にも、A1案やA2案のように交付請求を制限しようとするのではなく、弁護士が交付をうけた謄抄本等を適正に管理することで、戸籍に記載された人のプライバシー保護との調和をはかることが司法制度全体として望ましいものであり、目標とすべき方向である。 (5) A1案やA2案については、「第1.1(1)の交付請求」の項を受けているため、その項で述べたように交付請求が制限されすぎているため、弁護士の職務を極めて制限するものとなり、不当である。 すなわち弁護士が実体把握の必要上調査の為に戸籍謄本を取り寄せようとすることが否定されかねない。 例えば詐害行為取消訴訟(破産の否認も同様)提起の判断のために、債務者と受益者との親族関係を調査する場合や、婚約不履行の相手方の婚姻関係を調査する場合、証人の信用性判断のために親族関係を調査し、あるいは遺言の必要性判断のために親族関係を調査し、また後見開始申立人の捜索のための親族関係調査などは、疑問を感じたときは弁護士として調査しなければむしろ職務怠慢である。結果として利用できないものであることもありうるが、それでも調査の必要があるところ、A1案やA2案にたつと認められないとされる可能性がある。現に中間試案の別紙において、これらの場合に意見が分かれているとされている。 また、このような調査によって、当事者間の紛争が訴訟手続き等に発展せずに円満解決する場合も少なからず存在するが、A1案やA2案では、そのような実務における調査の持つ機能についても全く配慮されていない。このような調査の請求が認められなければ、裁判の提起・結果にも影響するのであり、A1案、A2案は、弁護士業務、ひいては裁判実務の理解を欠いているものである。 (5) 市町村長は、戸籍の謄抄本等の交付の要件について確認するため、交付請求者に資料の提示等を求めることができるものとする。 【意見】 職務上請求の場合は、要件が満たされていないなど相当の理由がある場合に限定すべきである。 2、本人確認等 (1) 戸籍の謄抄本等の交付請求の際の本人確認は、次のとおりとするものとする。 ア 戸籍の謄抄本等の交付請求が市町村の窓口への出頭により行われる場合には、出頭したものが交付請求者であるとき、その代理人であるとき又はその使者であるときに応じ、それぞれ、自己が交付請求者本人であること、その代理人本人であること又はその使者本人であることを運転免許証を提示する方法その他市町村長が相当と認める方法により明らかにしなければならないものとする。 イ 戸籍謄抄本等の交付請求が郵送により行われる場合には、交付請求書の記載上交付請求手続をした者が交付請求者であるとき、その代理人であるとき又はその使者であるときに応じ、それぞれ、自己が交付請求者本人であること、その代理人本人であること又はその使者本人であることを運転免許証の写しを送付する方法その他市町村長が相当と認める方法により明らかにしなければならないものとする。 【意見】 賛成である。 なお弁護士等が職務上請求用紙を用いる場合は、窓口では徽章、郵送では返送先が当該弁護士の事務所であれば、相当な方法であると認められるべきである。 (2) 代理人又は使者によって戸籍の謄抄本等の交付請求がされる場合には、代理人又は使者は、市町村長に対し、委任状を提出する方法その他市町村長が相当と認める方法により、その権限を明らかにしなければならないものとする。 【意見】 賛成である。 なお弁護士等がその事務員を使者として交付請求する場合は、事務員証を提示する事が、相当な方法として認められるべきである。 3、交付すべき証明書  市町村長は、前記1(2)の交付請求を除き、戸籍の謄本の交付請求があった場合において、請求の目的から戸籍の抄本(個人事項)を交付すれば足りることが明らかなときは、戸籍の抄本(個人事項)を交付することができるものとする。 【意見】 特に異存はない。 4、交付請求書の開示 A案 戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示については、特段の定めを設けないものとする。 B案 市町村長は、戸籍に記載されている者からその戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示請求があった場合には、交付請求書の全部を開示するものとする。 【意見】 A案に賛成する。 交付請求する個人の情報について、それを保有する行政機関がどのように保護するかの問題であり、とくに戸籍について別の取り扱いをするべき理由はない。 第2 除かれた戸籍の謄抄本等の交付請求  戸籍の謄抄本等の交付請求と同様とするものとする。 【意見】 賛成する。 第3 届出人の本人確認 1、届出人の本人確認を行う場合  市町村長は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって効力を生ずる婚姻、協議離婚、養子縁組、協議離縁又は認知の届出については、運転免許証の提示を受ける方法その他市町村長が相当と認める方法により、届出人の本人確認を行うものとする。 【意見】 賛成する。 2、届出人の本人確認を行う場合 A案 市町村長は、前記1の届出があった場合で、本人確認ができなかった届出人があるときは、届出を受理した上で、その届出人に対し、届出がされたことを通知するものとする。 B案 ア 市町村長は、前記1の届出があった場合で、本人確認ができなかった届出人があるときは、届出を受け付けた上で、その届出人に対し、届出がされたことを通知するものとする。 イ 市町村長は、アの通知を発送してから一定の期間内に、届出人から届出をしていない旨の申出があったときは、届出を受理しないものとし、その申出がなかったときは、届出を受理するものとする。 ウ 届出が受理された場合には、その効果は受付の時にさかのぼるものとする。 【意見】 A案に賛成する。 B案では届け時から受理日までの間に空白の期間ができ、その間届出人の身分関係が不安定であり、その間に新たな身分関係上の行為が生じたりするときの扱いが難しくなる。 3、届出の不受理申出  前記1の届出については、届出本人は、市町村長に対し、あらかじめ、届出がされても当該届出人の本人確認のない限りこれを受理しないよう申し出ることができるものとする。 【意見】 賛成である。 第4 その他 1、学術研究のための戸籍及び除かれた戸籍の利用  市町村長は、学術研究の目的のために、戸籍又は除かれた戸籍に記載されている事項に係る情報の提供をすることができるものとする。 【意見】  賛成である。 2、制裁の強化 偽りその他不正の手段により戸籍の謄抄本等又は除籍の謄抄本等の交付を受けた場合の制裁を強化する。 【意見】 特に異存はない。